戯言1/擬人化と『虫の歌合』成立前後





戯言の始まりです。まずは擬人化。


通釈どおり『虫の歌合』は、秋の夜長、ある人(作者?)が眠れない夜を過ごしていて、ふと庭を見ると虫が集まっている。見ているうちにこんな話を思いついたから書き記したというもの。
子どもが寝付くまでに聞かせるような柔らかな内容であり、挿絵付きという装丁からも、御伽草子に分類されます。
更に御伽草子には分類がありまして、かぐや姫、羽衣譚なんかを異界物というそうです。(他にもあるが詳細省く。こっちはあまり詳しくないので)で、当の『虫の歌合』は、異類物と言われます。
最初聞いた時は、ものすごく怪しかったです。
異類物って、異界物(現在世界観とは違う世界・月や天と行き来する話)に対比させたんだと思うのですが、どう見ても擬人化ぢゃ…。
多分ですが、御伽草子という分類自体にファンタジー要素が含まれているのだと思います。だから、いずれもファンタジーとは取らない。詳細分類として、月や天を行き来する話を異界物としたときに、『虫の歌合』のような場合は、もしかしたら擬人化(人に擬せる)とは考えずに、視線をそのもの自体に下りると考えたのかもしれません。虫たちの世界は、こういうものである。人に似せたのではなく、考え方としてあったのかもしれません。
そう考えるならば、『虫の歌合』は冒頭、人が庭で虫たちを見つめるところからも異類物になると思います。
………とはいえ、今もこの異類物というのを使ってるかどうかはともかくとして、(多分分類上使ってると思います。使わざるを得ない分類過程も存在するので完全否定するわけじゃないです)…擬人化でいいんじゃないかなぁと。
御伽草子の枠を外しても言えますし、何より分かりやすいと思いました。







成立前後


中身から入ってしまったので、この物語の成立前後が抜けています。
改めて。

『虫の歌合』の成立は、寛永17(1640)年ぐらい。(一番古く見えたのは寛永6年)江戸初期にあたります。
寛永中刊古活字版丹緑本(「四生の歌合(ししょうのうたあわせ)」四冊)、
寛永中刊整版大本「虫の歌合」風月宗智板、
寛永拾九壬午三月廿八日書写の「虫の哥合」、
寛永十七年十二月書写に成る住吉如慶筆本
活字版やら書写やらで随分と出回ったようです。それだけ人々に受け入れられたと受け取れます。

作者は、木下長嘯子(ちょうしょうし)と言われています。
修士論文はこの長嘯子でした。(別窓にて詳細)
長嘯子側からこの物語を引き当てたのですが、脱線したくて仕方なかったです。活字版には彩色挿絵が入っています。長嘯子の門弟の中に、蒔絵師が居るのですが、この蒔絵師・山本春正が近くにいたから、この物語を豪華版で形に出来たのではないかと…。
ちなみに虫の絵の入った掛け軸、屏風といった古物は、とても高い値が付いています。彩色が綺麗なままであれば、100万を下らない勢いで古物商の組合オークションにかかっていました。収集家はいらっしゃるようです。
個人的には、挿絵は見たくない…んですけども。物語を愛してますから。(笑)

作者は言われているという表現から分かるように、曖昧です。活字本と写本の年代、写した人が他にどの物語や和歌を同時期に写していたか、といったものを合わせていって、漸く、長嘯子であろうというところまで来た感じでした。
論文の中では、『虫の歌合』作者は長嘯子であろう、で留めています。(作者問題は別の問題を含んでいるので、戯言2に回します)。






成立前後と擬人化


もう一度中身へ。(あちこちですみませんです)

次のネタ、パロディへの前哨戦もかねてもう一度中身に帰ります。
注目箇所は、歌合わせに入る前の、こうろぎの話のところ。

訳文でいうところの、「いざ、各々の心の底を語り明かして、何事も思うことを打ち明け、またその昔の、玉虫の君にうたを贈った時の相手のつれない心の怨みを思い出して、一首ずつ歌を詠んでいこうではありませんか。」
とかいうところです。

庭に居る虫たちは、美しい玉虫姫との歌のやりとりを思い出して歌合を始めます。
虫たちが思い出した物語が『玉虫草子』である事は、市古貞次氏が『中世小説の研究』(第六章異類小説3歌合物、4恋愛物)、小坂典子氏が「『四生の歌合』と長嘯子『虫歌合』」の中で指摘されているとおりです。(ああ、ちょい固い…)
 しかし、『虫の歌合』が直接影響を受けたと思われるのは、『こほろぎ草子』だと思われます。
 直接的な表現、言葉の選択(時代的に当然という説もあるが)、構成が似ています。
『こほろぎ物語』成立年代は室町後期といわれ、『虫の歌合』は寛文六年。近すぎる成立年ではありますが、『玉虫の草子』が天正十年以前の成立であることを考えると、これらが全く無関係とも思えませんでした。


此処で比較として『虫の歌合』と『こほろぎ物語』の歌合わせに入る前の部分の本文を引用したいのですが、本文だと読むのが面倒なので、適当訳をしますか…。
『虫の歌合』は訳文があるので流しまして『こほろぎ物語』の始まりはこんな感じです。ざくっと訳すと…。



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 東屋に仮寝をして、浮き世のことを思いつつ、日を送っているこのごろ。
 秋の末ごろになって、庭の芒も荒れ果てて、木の葉もいろづき、風に遊ばれている様は、そこはかとなくものの哀れを誘います。そんな夕暮れをひとり寂しく月明かりを静かに眺めていると、近くの萩の下葉の陰から、虫が多く集まってきて、物語をするのを聞くと、それはたいそう趣深く思われました。
 集まった虫たちの中から、こうろぎという虫が出てきて申し上げるには、「皆様、どうかお聞き下さい。本当にわれわれ虫たちの身の上は、はかなきことこの上ない。
 春をすぎてしまうと、夏草の緑は深く茂っていて、五月と水無月の頃は、朝に夕方にある露の玉を転がすように心も浮き立ちます。なたねの色も鮮やかに、ある時は水の流れに我が身の影を映して、あちらこちらへ飛び遊ぶ時には、罪も報いも忘れて心も浮かれています。世の中の憂きことは思い浮かぶこともありません。(この上なく楽しい)
本当に、ひとときの楽しみが、千年の命を延ばす心地がします。
でも早くも文月になると、菊月の空に季節が移り、月はとても美しく澄み渡るけれども、吹いてくる風は身にしみて、どことなくもの悲しくなります。美しかった月あかりの夜も長月にもなれば、足さえ自由にはならず、まして声も枯れ果ててしまいます。
 頼りとする草木も露を宿さず、いつのまにか初霜が降りて、隠してあった塒も見えてしまいます。そんな折りに木の枝から小鳥のさえずる声を聞いた時には、消えてしまう思いに心が痛みます。(食われるのかと気が気じゃない?)
 ある時は、人の垣根に隠れて、またある時は縁の下に身を隠そうとしますが、今度は小賢しいネズミに探し出されてしまい、悔しい思いをするばかりです。

(中略)

さて、こうろぎ殿は、色も黒いし、背もかがんでいます。それにもまして、花の元や月明かりといった情緒あるものをお持ちではない。(行動範囲に存在しない)
しかし、ものの情緒をわきまえていて、夕暮れから夜半まで、声のみを聞かすばかりである。
今宵の物語こそ、いずれも趣深く催すことになりましょう。
(こうろぎが)その言葉を有り難く感じて、涙を浮かべる中から、蟇蛙がでて、申し上げます。
「今宵は月も美しくさえ渡り、趣深く思われます。夜も更けないうちに、早く始めませんか?」
というと、おのおの(虫たちは)、落ち葉の上に座を並べ、思い思いに読み始めます。とても趣向に凝ったものでした。


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※速攻訳なので、はしょってますが、まあ、『虫の歌合』と似てるというのが分かれば構いません。



 やはり同じような構成を持っていて、擬人化と言えると思います。
 少し細かい比較を挟みます。


 『こほろぎ物語』は、歌合の形式を取っていない物語です。
序文最後「趣向に凝ったものでした〜」の後は、最初にこうろぎの歌が詠まれ、続けてそれぞれ虫たちが歌を詠んでいきます。
 歌に入る前に、ひきがえるが出てきて、座を仕切る箇所は同じですが、判者にはなりません。そして最後、せみの歌が詠まれた後に、「さて、申ていわく、(中略)しうきのはんしやは、やうこうし、中納言、在原の、ひきかへる朝臣、伸行卿、座上につらなり、歌ひはんせられしか(下略)」とあるだけで、判詞までは書かれていません。最後に、ひきかえると、いもりが喧嘩をし、こうろぎがそれを鎮めます。「おのおの、いとまこひして、やぶの中へそ、かえりけり」という文で、くくられていて、藪の中へ帰ったのは、虫たち全員です。


 『虫の歌合』では、判者ひきがえるの判詞を物語に入れることによって、最後を巧みに締めくくっています。藪の中へ帰ったのはひきがえるだけであり、虫たちはそれを見送ったという形です。最後の歌合は、くちなわとひきがえるという組み合わせで、ひきがえるは、自分を勝ちとしたいけど、相手がくちなわだから恐ろしくて、子孫の為を思って、判事をすることなく上座をおり、藪の落ち葉の下へ隠れてしまいます。歌合に入る寸前の、横には蛇がいるのに、という内容と対応しています。


「玉虫草子」は引用しませんが、歌を送ってつれなくされた、とあるので、同じ擬人化の物語になります。

 年代順に並べて、写本の量や版の型を含めて、「玉虫草子」「こうろぎ物語」「虫の歌合」という流れで擬人化が流行した時期があると言えそうです。

 同時にこれらの流行が「玉虫草子」のパロディであることも言えるかと思います。


 『虫の歌合』と『こほろぎ物語』の共通点と、物語としての完成度を比べた時に、『こほろぎ物語』の後に、『虫の歌合』ができたことになります。
『こほろぎ物語』に「玉虫姫」が出てこない事から、『虫の歌合』に『玉虫の草子』を取り入れた事、歌合わせ形式にして判詞を入れた事は、『虫の歌合』の著者の独創性によるものと思われます。
 また、最後のひきがえるの行動は、歌合としてだけではなく、物語としてこの話を完成させたものと思われます。 そしてこの物語の完成度が、次のパロディを生み出したのだと思います。









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